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2017年9月10日日曜日

幻想を捨てて戦略を持とう:常見陽平『「就活」と日本社会ー平等幻想を超えて』


日本型就活は死ななくてもよい:海老原嗣生『お祈りメール来た、日本死ね』に引き続き、就活関係の本です。

常見陽平氏は現在、千葉商科大学専任講師。「若き老害」を自称し、様々なメディアで就活問題、労働問題などについて発信している方(そして時々、炎上している)なので、名前を知っている方も多いと思います。

著者本人のウェブサイトには、次のようなプロフィールが掲載されています。
プロフィール】常見陽平(つねみようへい) 身長175センチ 体重85キロ 千葉商科大学国際教養学部専任講師/いしかわUIターン応援団長 北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。 専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。
http://www.yo-hey.com/ より。

そんな常見氏による就活についての新書です。


本書の特徴

常見氏の就活に関する著作はたくさんあります。『くたばれ!就職氷河期  就活格差を乗り越えろ 』(2012)、『就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~』(2011)などです。

その中で本書の特徴は、「就活」を社会学的な視座からも捉えようとしていることにあるのではと思います。

というのも、もともと著者は学部卒後、企業勤務を経て言論活動を行っていましたが、それと並行して大学院へ入学し、修士号を取得しています。本書は、修士論文での研究成果の一部を取り入れて、学術的な視点とジャーナリズム的な視点を織り交ぜて書かれています。

そのため、多くの先行研究や統計データが参照され、印象論や経験談に頼らない内容となっています。一方、完全な学術書でもないので、ウェブ記事などで見かける著者の 持ち味が出ている面白さもあります。

「就活」を取り巻くデータと研究史

本書は4章構成となっています。
  • 序章 日本の「就活」をどう捉えるか
  • 第1章 「新卒一括採用」の特徴
  • 第2章 採用基準はなぜ不透明になるのか
  • 第3章 「新卒一括採用」の選抜システム
  • 第4章 「就活」の平等幻想を超えて
第1章〜第3章は、統計データや先行研究を参照しながら「就活」を取り巻く歴史と現状を明らかにしています。そして第4章が著者のオピニオン、という構成です。

就活を論じるマスメディアの記事や新書は多いものの、学術的な視点からまともに「就活」を取り上げたものはあまり見かけないため、第1章〜第3章まで目を通すだけでも、だいぶ参考になるのではと思います。

マスメディアで「通説」のように語られていることも、データを確認して検証しています。

例えば、「欧米では新卒一括採用なんて存在しないから、在学中に就活することはない」という通説があります。しかし実際のところは、欧州でも約4割が在学中に就職活動を行っていることが統計をもとに紹介されています(p.64)。

また、いわゆる「学歴フィルター」についても取り上げられています。「学歴フィルター」とは、企業が応募者の出身大学の入学難易度(偏差値)によって選考にフィルターをかける、と言われている仕組みのこと。企業への応募要件には出身大学の制限などは書かれておらず、どんな大学出身でも公平に選考されると思いきや、有名大学でなければ企業説明会にすら参加できない・・・ということも巷では言われています。

本書では、この「学歴フィルター」を先行研究に基づいて検証しています。 実は、大学によってその後の就職がどう左右されるかという研究は、「トランジション研究」(学校から職業への移行に関する研究)ということで、教育社会学や労働社会学の分野で繰り返し行われてきたとのこと(p.24)。

こうした研究から、大手企業が有名大学に対して採用枠を設けていたり、大学名を基準に採用活動を行っている面がある事実は確認されています。ただし採用には様々な類型があり、企業規模や採用時期によっては大学名の基準が変動する(よりオープンになる)ことがあると、第3章では指摘されています。

最後に:幻想を捨てて戦略を持とう

本書の副題「平等幻想を超えて」にある通り、日本の「就活」には誰もが大手優良企業に就職できる公平なチャンスがあるかのような平等幻想を描いてしまい、そのために求職者(学生)も企業も膨大な手間とコスト、精神的な負担がかかって消耗している現状を、著者は指摘しています。

そして、第4章の最後を、著者は次のように結んでいます。
もう、平等という幻想にしがみつくのはやめよう。競争が平等でないということに気づこうではないか。(中略)平等ではないことを受け入れることで、弱者は弱者なりの生存戦略を考えようではないか。(p.205)
確かに、その通りだと思います。

企業就職する場合は、どんな人でもこういった戦略的思考は持った方がいいでしょう。巨大な資本を抱えた大企業のマーケティング戦略と小資本の中小企業のマーケティング戦略が全く異なるように、自分の所属大学や持っているスキル(これから持ちうる、持ちたいスキル)をもとに、戦略的な思考で就職先を考えることは重要です。

ただ難しいのが、はじめから頭で考えることばかりしていると、自分で自分の可能性を狭めたり、チャンスを逃す可能性もあります。ひょんな縁から就職が決まるということもありますからね。

また、こういった就活の戦略を、就業経験のない学生が就活時期になってから考え始めるなんて、無茶なことです(だから極度に消耗する)。大学入学後の早い時期から、戦略を考えるチャンスを、大学や周囲が作ってサポートする必要があると思います。

逆に企業側も、平等を装って採用活動を行うのは、大きなコストになっています。余裕のある大手企業はともかく、中小企業や無名な企業は、就職ナビなどに頼って応募者を集めるよりは、有名大学よりも質の高い教育を行っている大学を狙い撃ちにするとか、地方自治体と連携して既卒者にアプローチするとか、様々な手法があります。

最後に、本書でいう「就活」は、日本での企業就職を目指す健康な大卒者(おそらく主に学部卒者が中心)が行う求職活動のことを指しています。この他にも求職活動、労働の形には様々な立場に立ったものがあるため、今後の研究で、現状では範疇外になっている点も含めて「就活」問題を追求してくれることを願います。

2017年1月26日木曜日

教育現場でチャットツールを使うメリット・デメリット

slack.comより

仕事でのコミュニケーションツールは電子メールが一般的でしたが、ここ数年はチャットワークSlackなど、ビジネス向けのチャットツールの浸透が進んでいます。特にIT関係の企業では使っていない会社な皆無だと思いますし、他の業種でも活用が進んでいます。

なぜメールではなくチャットツールかというと、メールよりも素早いやり取りが可能になり、効率良く仕事ができるからです。

となると、教育現場でもチャットツールを使えば良いのでは、という考えが生まれると思います。そして、実際に使用している例もあるでしょう。

日本発のチャットツールChatworkを導入している大学はいくつかあります。




この記事では、教育現場でチャットツールを使うことのメリット・デメリットを考えます。

前提

教育現場といっても小学校から大学までいろいろありますが、ここでは筆者の働く大学を例に出してみます。ただ、教育現場全般に通じる点もあるかと思うので、大学関係者以外もどうぞご覧ください。

そして教育現場と言っても、2種類の関係性が考えられます。1つは教職員のみのコミュニケーションです。もう一方は、教職員と学生(生徒)とのコミュニケーションです。両者は明らかに質が違うので、分けて考えてみます。

教職員間

まず、教職員間でチャットツールを使うことのメリット・デメリットを考えてみます。

メリット

  1. 応答のスピードが速くなる
  2. 情報共有が円滑になる
  3. 様々な連携機能を使える
メリットは、一般企業で導入する際と同じだと思います。チャットツールであれば、メールと違って件名や冒頭の定型文(「お世話になってます」など)を入力する必要はありません。カテゴリごとに決まったグループに投稿する仕組みなので、CC(同報)に誰を入れるかで悩む必要はありません。こういったことで、メッセージのやり取りは遥かに速くなるはずです。

また、メールよりもより気軽に投稿できるため、情報共有が円滑になります。グループメンバーは基本的に全員がメッセージを見るので、メールのように一部のひとにしか情報がいかない、といったことを防げます。

最後に、ChatworkやSlackといった有名なチャットツールは、他のツールとの連携が豊富です。Googleカレンダーと連携して自動リマインダーを設定したり、Dropboxと連携したファイル共有ができるなど、業務効率化につながる仕組み作りができます。

業務効率化という点と、情報共有による様々なシナジー効果には期待ができるでしょう。

デメリット

  1. 大事な情報が流れていってしまう
  2. 組織全体での定着が難しい
  3. メールとの使い分けが難しい
  4. 距離感が取りづらい
チャットツール自体のデメリットとしては、グループ内にどんどんメッセージが流れてくるため、放っておくと大事な情報が流れていってしまう、といった点があります。大切なメッセージに目印をつけられる「スター機能」「スレッド機能」などは付いているのですが、例えば一週間くらい仕事を離れると未読メッセージが大量に溜まっていて、どれが大切なお知らせか分からなくなってしまいます。メールだと一応ひとつひとつ開封する、件名で重要性を判断する、といったことがやりやすいので、この点はチャットツールの劣る点です。

次に、大学は巨大組織です。私の勤務先は教職員だけで1万人います。部署内ならともかく、大学全体で導入するとなると、その労力は測り知れません。また部署内で導入するにしても、組織全体で導入していなければ結局メールも併用することになり、チャットツールが浸透しない可能性があります。まあ電子メールが何だかんだで浸透したように、使い始めれば問題はなくなるのかもしれませんが。

あと、大学特有の問題ですが、教職員の間には独特の距離感があったりします。教員同士もそうですし、教員と職員の間も、同僚ではあるけれどもいわゆる会社員同士とは違う関係性があります(どう表現したらよいのか・・・)。チャットツールは距離感としてはメールよりもだいぶフランクになるので、この距離感が教職員に適しているかというと、何とも言えません。

教職員と学生の間

次に、教職員と学生の間でチャットツールを使う場合のメリット・デメリットを考えます。これは、主に授業や研究室内で使うことを想定しています(学生支援業務で使うパターンは、今回は除きます)。

メリット

  1. 学生の主体性を引き出せる
  2. 共同作業がしやすくなる
効率化の面もありますが、教育上の効果も期待できます。例えば大教室での授業だと、発言をするのはなかなか勇気がいりますよね。チャットツールでも発言をできるようにすれば、どんな学生も気兼ねなく自分の意見を投稿できるでしょう。その投稿を見ながら、教員がこれはと思う意見について、指名して詳しい意図を引き出す、といった使い方もできます。

またゼミなどの少人数の場面でも、プレゼンテーションの準備やPBL(Project Based Learning)の授業で共同作業をする際に、コミュニケーションがとりやすくなります。学生はもとよりLINEやMessangerでやりとりをしていると思いますが、それに教員が割って入るわけにもいきません。チャットツールをオフィシャルなツールとして、そこでやりとりをしてもらえば、教員が適宜フィードバックをして共同作業を進めることができます。

デメリット

  1. 学生との距離感
  2. 学生同士の問題
デメリットは、またも距離感の問題です。大学生はいくら大人だからと言っても、教員と学生という立場は変わりません。チャットツールは気軽にやりとりができる分、気をつけてないと行きすぎた言動をしてしまいます。それが学生にとってはアカハラやセクハラと取られる場合があります(メールでもアカハラ・セクハラは可能ですが・・・)。大学生ではなく中高生相手ならなおさらです。

また、学生同士でもLINEグループでのイジメに見られるように、しっかりと規律を持っていないと問題が発生しかねません。

学生は勝手にグループを作れないように設定する、ダイレクトメッセージは送らない、など何らかのルールは決めておくべきでしょう。

他のデメリットは、あまりないと思われます。今の学生であればチャットは使い慣れているので、導入にもさほど障害はないでしょう。

まとめ

以上、教職員間と教職員・学生間で分けて、チャットツール導入のメリット・デメリットを考えてみました。

総じて、教職員間でのチャットツールの導入にはメリットと同じくらいデメリットもありそうです。組織の体質やトップの考え方に大きく拠るところだと思うので、チャットツールの導入は慎重に考えたほうがよいでしょう。小規模な私立大学などなら、やりやすいかもしれません。

逆に教職員・学生間でのチャットツール導入は教育上のメリットがありそうです。セクハラ、アカハラ、いじめなど情緒的な問題さえ防げそうであれば、導入を積極的に検討すべきと思われます。特にビジネス向けチャットツールを使いこなすスキルは、就職後も活かすことができます。スキル教育の意味でも、利用を考えてみてもよいでしょう。

2017年1月9日月曜日

manabaはなぜダメなのか

突然、煽るようなタイトルですみません。
manabaは株式会社朝日ネットが提供するLMS(Learning Management System)、ポートフォリオシステムです。ここ10年以内くらいに大学や専門学校を卒業した方であれば、何らかのシステムにログインして課題を提出したり、出席を記録したりしたことがあるかもしれません。manabaもそんなシステムの一種です。どんなシステムかは、公式サイトの紹介をご覧ください。

教育支援サービス 「manaba」|株式会社朝日ネット


manabaの画面イメージ(公式サイトより)


慶応義塾大学、中央大学、国際基督教大学など、多くの大学がこのmanabaを導入しています。私の勤務先も導入しています。日本では、moodleと並んで最もよく使われるLMSの1つではないかと思われます。

このmanabaを使うことで、学習の成果を1箇所にまとめることができる(ポートフォリオ)、学生同士・または教員との授業前後のインタラクティブな学習が可能になる、などといった効果が期待できます。

manabaのがっかりなところ

さて、そんなmanaba。私も活用しています。ないよりはあった方がいいのですが、個人的にがっかりな点がいくつかあるので、あえて指摘します。

1. スマートフォンアプリがない

manabah「モバイル対応」をうたっていますが、あくまでスマートフォンのブラウザから閲覧できる、という意味です。iOS、Androidアプリはありません。スマートフォンのブラウザでmanabaへアクセスすると、スマートフォン用のmanabaページが表示されます。これをショートカットとしてスタート画面にアイコンを配置すれば、あたかもアプリのように使えます。が、誰もがその方法を知っているとは思えませんし、単なるショートカットなのでアプリのようなプッシュ通知はありません。やはり今の時代、モバイルアプリは必須だと思います(もしかしたら開発中かもしれませんね)。

2. インターフェイスがひと昔まえ

決して分かりづらいわけではないですが、ユーザーインターフェイスとデザインがひと昔前のウェブを彷彿とさせます。例えるなら、mixi的なインターフェイス、デザインです(皆さん、mixiって覚えていますか?そもそも知っていますか?)。manabaがリリースされた年代からいって、mixiを意識していたんじゃないかと思います。ただ、時代は進みましたので、FacebookやTwitter、LINEなんかに慣れた学生世代からすると、直感的に使いづらく、ややとっつきにくいインターフェイスではないでしょうか。

3. コメントのやりとりが気軽にできない

LMSを導入する狙いとして、学生同士または教員とのインタラクティブなコミュニケーションを促進し、学生の主体的な学習を促すことが挙げられます。しかしmanabaでの交流は、私が見る限り活発に行われている例はあまりありません。manabaでのコメントのやりとりは「掲示板」形式です。話題ごとにスレッドを立てて、それに返信を書いていく、という形です。スレッドはツリー状になっていきます。この形式もやはり、最近のフィード に次々と投稿が流れてくるSNSに慣れた世代には使いづらく、どうやって使ったらいいのか躊躇するレベルだと思います。mixi世代にとっても、もはや使いづらいです。せっかくのLMSの狙いが実現できていません。

1~3の理由があってか、いまいちmanabaは定着していません。定着させるには、教員、学生ともにかなりの努力が必要になります。

manabaをやり玉にあげたような形ですが、他のLMSも似たり寄ったりの状況か、manabaよりも悪いかもしれません。manabaはモバイルアプリは無いとはいえ、ブラウザでのスマートフォン対応はしています。私は他のLMSでは数年前のmoodleしか使ったことはありませんが、当時はスマートフォン対応なんて皆無でしたね。moodle、今はスマートフォン対応されているのでしょうか?

manabaへの要望

がっかりなところ1~3を踏まえて、個人的なmanabaへの要望をまとめてみました。

1. モバイルアプリ(iOS、Android)の開発

朝日ネット社は、関連サービスとしてモバイルアプリのmanaba +responをリリースしているくらいなので、モバイルアプリを作る技術力は確かにあるはずです。あくまで推測ですが、manaba本体にモバイルアプリがない理由は、導入先の学校ごとに微妙なカスタマイズがされていたりして、モバイルアプリの仕様を統一するのが難しいからじゃないでしょうか?逆に、そのような障壁がなければ、モバイルアプリは一刻も早く開発した方がいいと思います。今なら、国産LMSとして不動の地位を築けます。

2. コメント形式をフィード式に&「いいね」ボタンの導入

がっかり3で指摘した点に関して。フィードバックを促進するためにも、FacebookやTwitterなどを参考に、フィード上にコメントが流れてきてその場ですぐに返信できる形式にすべきです。また「いいね(Like)」ボタンを導入し、もっと簡単にポジティブなフィードバックをできるようにすることを提案します。発言や課題提出に対して、無反応よりも「いいね」を押された方が、学生のモチベーションはぐっと上がるのではないでしょうか。

3. ユーザーインターフェイスやデザインの見直し

manabaにはmanabaなりの「設計思想」があると思いますが、モバイルアプリのリリースに合わせて、モバイル優先の設計思想に変えてはどうでしょう。現在のmanabaは明らかにPCでの利用を前提としています。しかしmanabaで出来ることを考えると、今のタブレットやスマートフォンで出来ないことはほとんどありません。スマートフォンでレポートを書く学生がいる時代です。モバイル優先で直感的に操作できるインターフェイスにすれば、利用率は大幅に上がるのではないでしょうか。

4. APIの開放

ちょっと専門的な話ですが、APIを開放して欲しいな、と思います。APIとは、システムの機能を外部からのアクセスで活用できるようにする仕組みのことです。例えば、Twitterに何か投稿したら同じ内容をFacebookにも投稿する、といった機能を使ったことがあるかもしれませんが、これもAPIです。TwitterとFacebookがAPIを開放することで、相互連携が可能になっているのです。

この仕組みをmanabaにも導入したら、多くの可能性が開けると思います。例えば、レポートの提出締切を登録したらそれがGoogleカレンダーにも自動で同期されるとか、コースの掲示板に書き込んだら外部のメーリングリストに流してくれるだとか、そういった連携が可能になります。さらにAPIを活用すれば、独自の教育アプリケーションも開発できるようになります。

さいごに

manabaに対して苦言を呈す形になってしまいました。しかしこれも、manabaに大きな期待を持っているがゆえの提言です。素晴らしいLMSに成長し、日本の教育を伸ばすツールとなってほしいと、心から願っています。

2016年12月1日木曜日

大学院生は知っておきたいTransferable Skills について


「高学歴ワーキングプア」が話題となりましたが、今やそれが当たり前の現実、周知の事実になってしまいました。

修士号、博士号まで取得したのに低賃金な仕事しかできない状況は、政府の方針や構造的な問題もありますが、社会が変わるのを待っていても問題は解決しません。

そこで、解決の糸口になるかもしれないキーワード「Transferable Skills」について紹介します。

Transferable Skillsとは?

Transferable Skillsとは、日本語に訳せば「移転可能な技能」となりますが、「別の分野でも通用するスキル」とも言えるでしょう。 大学院まで進学して専門的な技能を身につけても必ずしも社会で直接活かせる訳ではない、というのは日本に限らずどこでも同じです。

そこで英国を中心とするヨーロッパ圏では、2000年代くらいからTransferable Skillsというのが言われ始め、専門分野を極めつつも別の領域にも通じるスキルを身につけましょう、という動きが出てきたようです。

この流れについて、以下の論文に詳しく書かれています。

山内, 保典; 中川, 智絵,「イギリスの大学におけるTransferable Skills Trainingの取り 組み : 日本の科学技術関係人材育成への示唆」科学技術コミュニケーション = Japanese Journal of Science Communication, 12: 92-107, 2012 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/50975/1/JJSC12_007.pdf

この論文の中で、Transferable Skillsの定義については、欧州科学財団 (European Science Foundation) の報告書(2009)から、次のような引用がされています。
「1つの文脈で学んだスキル,例えば,研究を行う上で学んだスキルのなかで,他の状況,例えば,研究であれ,ビジネスであれ,今後の就職先において有効に活用できるようなスキル.Transferable Skillsがあれば,学問領域及び研究関連のスキルを効果的に応用したり,開発したりすることも出来るようになる.このスキルは様々なトレーニングコースを通して学んだり,研究や業務に携わる日々の生活の中で得たりする」
ちなみに、研究以外の文脈でもTransferable Skillsというキーワードは使われます。特に転職界隈の話題では「いまの会社・業界だけではなく他社・他業種でも通用するスキル」という意味あいで用いられます。

参考:トランスファラブルスキル(日本の人事部)

どのようにTransferable Skillsを身に付けるか?

日本の大学では、Transferable Skillsという名称は使われていないものの、それに類する個々のスキル開発のコースや授業はそれなりにあるでしょう。「グローバル人材」、「国際交渉能力」、「社会人基礎力」といったキーワードが含まれた科目・コースや、その他なんたら人材育成プログラム系は、Transferable Skillsの考え方に近いものがあると思われます。

ただ、やはり専門家育成の比重の方が大きく、Transferable Skillsを念頭に置いた教育プログラムなどは少ないと思います。なので、大学院生は普段の研究活動から、自分で意識的にTransferable Skillsを身につける必要があります。
例えば、次のような活動を通して、Transferable Skillsを身につけられるでしょう。

論文の執筆、共同研究

「いつまでに完了させる」というゴールを設定し、そこから逆算してタスク(資料収集、インタビュー、実験等)を細分化してそれぞれに期限を付け実行する。これはあらゆる仕事をこなす上での基本です。やる気と集中力と才能で何とかなってしまう人もいそうですが、それは一時の勘違いだと思ってください。
また、特に文系の大学院の場合は、研究は基本的に一人で行うという場合が多いでしょう。そんな環境でも、共同でプロジェクトに取り組む機会を探しましょう。チームで共同作業を行うことで、プロジェクトマネジメント、リーダーシップの力を身につけることができます。

ディスカッション、プレゼンテーション

分野にもよると思いますが、大学院ではディスカッションやプレゼンテーションを行う演習形式の授業が多いでしょう。ディスカッションの参加者となるだけでなく、議論を導く立場(ファシリテーター)も経験させてもらいましょう。ファシリテーションについては、様々な書籍があるので、参考になります。プレゼンテーションは、場数を踏むほど上手になります。発表資料の作成技術もこの際身につけてしまいましょう。

学部生の指導

授業のティーチングアシスタントとして、また研究室の先輩として、学部学生の指導をすることもあるでしょう。面倒かもしれませんが、これは素晴らしい機会です。人材育成の一旦を担っていると自覚して、学部生の学修モチベーションを上げるように活動しましょう。言い方は悪いですが、後輩たちを「実験台」にして、人がどのように育つか(あるいは育たないか)を客観的に観察すると、将来役に立つんじゃないかと思います。

他にも語学力、PCソフトの操作スキル、コミュニケーション能力、統計知識など、研究以外の場へも転用可能なスキルを身につけることができるでしょう。これらのスキルを十分に身につければ、アカデミックな世界で行き場がなくなっても、途方にくれる必要がなくなります。

まとめ

私が大学院生のころは、Transferable Skillsなんていう言葉は知りませんでした。が、振り返ってみると、国際学生会議のプロジェクトに参加したり、修士論文を様々な工夫をして(付せんを使ったタスク管理、Evernoteを使った情報整理など)計画的に進めたりしたことで、その後の会社員生活や現在の仕事に活かせるスキルが身についていたと思います。Transferable Skillsの考え方を最初から意識していれば、さらにいろいろな活動に挑戦していたかもしれません。

学部生も、もちろんTransferable Skillsを意識することは重要です。ただ学部生が卒業後に働き出し様々な実務スキルを磨くのに対し、学部からすぐに進学した大学院生の場合、数年もその機会を逃してしまいます。いま大学院生のひとは、アカデミックなキャリアを志望するひともそうでない人も、自分の研究活動を通じて、どのようなTransferable Skillsが養われるのか、考えることをおすすめします。