2016年12月1日木曜日

大学院生は知っておきたいTransferable Skills について


「高学歴ワーキングプア」が話題となりましたが、今やそれが当たり前の現実、周知の事実になってしまいました。

修士号、博士号まで取得したのに低賃金な仕事しかできない状況は、政府の方針や構造的な問題もありますが、社会が変わるのを待っていても問題は解決しません。

そこで、解決の糸口になるかもしれないキーワード「Transferable Skills」について紹介します。

Transferable Skillsとは?

Transferable Skillsとは、日本語に訳せば「移転可能な技能」となりますが、「別の分野でも通用するスキル」とも言えるでしょう。 大学院まで進学して専門的な技能を身につけても必ずしも社会で直接活かせる訳ではない、というのは日本に限らずどこでも同じです。

そこで英国を中心とするヨーロッパ圏では、2000年代くらいからTransferable Skillsというのが言われ始め、専門分野を極めつつも別の領域にも通じるスキルを身につけましょう、という動きが出てきたようです。

この流れについて、以下の論文に詳しく書かれています。

山内, 保典; 中川, 智絵,「イギリスの大学におけるTransferable Skills Trainingの取り 組み : 日本の科学技術関係人材育成への示唆」科学技術コミュニケーション = Japanese Journal of Science Communication, 12: 92-107, 2012 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/50975/1/JJSC12_007.pdf

この論文の中で、Transferable Skillsの定義については、欧州科学財団 (European Science Foundation) の報告書(2009)から、次のような引用がされています。
「1つの文脈で学んだスキル,例えば,研究を行う上で学んだスキルのなかで,他の状況,例えば,研究であれ,ビジネスであれ,今後の就職先において有効に活用できるようなスキル.Transferable Skillsがあれば,学問領域及び研究関連のスキルを効果的に応用したり,開発したりすることも出来るようになる.このスキルは様々なトレーニングコースを通して学んだり,研究や業務に携わる日々の生活の中で得たりする」
ちなみに、研究以外の文脈でもTransferable Skillsというキーワードは使われます。特に転職界隈の話題では「いまの会社・業界だけではなく他社・他業種でも通用するスキル」という意味あいで用いられます。

参考:トランスファラブルスキル(日本の人事部)

どのようにTransferable Skillsを身に付けるか?

日本の大学では、Transferable Skillsという名称は使われていないものの、それに類する個々のスキル開発のコースや授業はそれなりにあるでしょう。「グローバル人材」、「国際交渉能力」、「社会人基礎力」といったキーワードが含まれた科目・コースや、その他なんたら人材育成プログラム系は、Transferable Skillsの考え方に近いものがあると思われます。

ただ、やはり専門家育成の比重の方が大きく、Transferable Skillsを念頭に置いた教育プログラムなどは少ないと思います。なので、大学院生は普段の研究活動から、自分で意識的にTransferable Skillsを身につける必要があります。
例えば、次のような活動を通して、Transferable Skillsを身につけられるでしょう。

論文の執筆、共同研究

「いつまでに完了させる」というゴールを設定し、そこから逆算してタスク(資料収集、インタビュー、実験等)を細分化してそれぞれに期限を付け実行する。これはあらゆる仕事をこなす上での基本です。やる気と集中力と才能で何とかなってしまう人もいそうですが、それは一時の勘違いだと思ってください。
また、特に文系の大学院の場合は、研究は基本的に一人で行うという場合が多いでしょう。そんな環境でも、共同でプロジェクトに取り組む機会を探しましょう。チームで共同作業を行うことで、プロジェクトマネジメント、リーダーシップの力を身につけることができます。

ディスカッション、プレゼンテーション

分野にもよると思いますが、大学院ではディスカッションやプレゼンテーションを行う演習形式の授業が多いでしょう。ディスカッションの参加者となるだけでなく、議論を導く立場(ファシリテーター)も経験させてもらいましょう。ファシリテーションについては、様々な書籍があるので、参考になります。プレゼンテーションは、場数を踏むほど上手になります。発表資料の作成技術もこの際身につけてしまいましょう。

学部生の指導

授業のティーチングアシスタントとして、また研究室の先輩として、学部学生の指導をすることもあるでしょう。面倒かもしれませんが、これは素晴らしい機会です。人材育成の一旦を担っていると自覚して、学部生の学修モチベーションを上げるように活動しましょう。言い方は悪いですが、後輩たちを「実験台」にして、人がどのように育つか(あるいは育たないか)を客観的に観察すると、将来役に立つんじゃないかと思います。

他にも語学力、PCソフトの操作スキル、コミュニケーション能力、統計知識など、研究以外の場へも転用可能なスキルを身につけることができるでしょう。これらのスキルを十分に身につければ、アカデミックな世界で行き場がなくなっても、途方にくれる必要がなくなります。

まとめ

私が大学院生のころは、Transferable Skillsなんていう言葉は知りませんでした。が、振り返ってみると、国際学生会議のプロジェクトに参加したり、修士論文を様々な工夫をして(付せんを使ったタスク管理、Evernoteを使った情報整理など)計画的に進めたりしたことで、その後の会社員生活や現在の仕事に活かせるスキルが身についていたと思います。Transferable Skillsの考え方を最初から意識していれば、さらにいろいろな活動に挑戦していたかもしれません。

学部生も、もちろんTransferable Skillsを意識することは重要です。ただ学部生が卒業後に働き出し様々な実務スキルを磨くのに対し、学部からすぐに進学した大学院生の場合、数年もその機会を逃してしまいます。いま大学院生のひとは、アカデミックなキャリアを志望するひともそうでない人も、自分の研究活動を通じて、どのようなTransferable Skillsが養われるのか、考えることをおすすめします。


EmoticonEmoticon